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やさしくキスをして('04)ケン・ローチ

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現代イギリスの巨匠という位置づけといってもいい監督ケン・ローチは、2006年に麦の穂をゆらす風でアイルランドの独立運動を題材にして、ついにカンヌ映画祭のパルム・ドールを受賞したが、2004年には現代のスコットランド、グラスゴーを舞台に社会派な恋愛映画を撮っていた。やさしくキスをしては、妹を学校まで迎えに来ていた男が、ちょっとした事件から音楽室で妹の音楽の教師と出会い、それをきっかけにして彼女と恋に落ち、文化的なバックグラウンドがあまりに違うことから2人の行く手に困難が待ち構えるというストーリー。

パキスタン移民の息子でイスラム教徒のカシムは、実はすでにいいなずけがおり、数ヵ月後に結婚を控えていることを彼女に伝えることになる。イスラムのコミュニティや家族の誇りをなによりも大切にするカシムの家族にとって、それを断って女と結婚するという選択は、本来はありえないことであった。アイルランド出身のロシーヌもまた、教師に本採用されるにあたって署名をもらいにいった神父にカシムとの付き合いを理由に嫌がらせのような対応をされ、しまいには学校を異動させられてしまい、それまで気づかなかった障壁の意外な具体性に愕然とする。

しかし、この映画は、最大の問題を「愛する二人対その他の人々」という対立構図に単純化しない。異なる文化的バックグラウンドをもった二人が付き合うとき、二人に関係するさまざまな人々が影響を被る様を描いてゆく。もっとも恐ろしいのは、そのように振り回される中で愛しあっているはずの2人の間に不信感が生まれ、それぞれのバックグラウンドにくらべたら「愛し合うこと」や「フィーリングが合うこと」の儚さに及び腰になりそうになるという事である。本当に怖いのは目の前にいるあなただった、というのがなんとも怖いが、この映画では、妹の機転もあって、なんとか2人はうまく最後までこぎつけそうな感じになっている。

カシムがロシーヌに出会う音楽室や、最初にグランドピアノの運送を手伝ったあとのシーンをはじめとしてロシーヌが弾くピアノの音が要所で映画を盛り上げている。どちらかというと気性の激しい彼女がふとしたときにピアノを弾く姿はなんとも魅力的である。この女優は、目つきがいい。

イギリス在住のパキスタン移民の歴史にはなんともいえない感慨を覚える。移民一世の父親は苦労の末に手に入れたイギリスでの生活を守ろうとパキスタン人のコミュニティを前提として考えており、「我々は百年経っても黒人として差別される扱いなんだ」という。一方で、イギリスで生まれてイギリスの学校に通うカシムの妹は、移民の子供という事実は客観的に受け止めつつもより自由な考えをもつようになっている。学校生活には子供社会なので差別は露骨にあるが、こういうのはあたりまえすぎて残酷なかんじはない。この妹には百年どころか一世代だけで、現地にはいりこんでいっているという子供ゆえのたくましさが見える。