08/09/12 川辺川ダム白紙撤回 -蒲島・熊本県知事の発言について-
9月10日、蒲島知事が川辺川ダム建設の白紙撤回を求めた。
平成8年、地元五木村はダム建設受け入れを決めた。昭和38年の計画発表以来、30年以上の永きに渡る苦悩の末の決断だった。以後、10年の間に全ての住民がダムサイト予定地の上の斜面に移転した。
私が阿蘇環境(現在、地域振興)デザインセンターの事務局長として熊本県に奉職したのはまさに五木村の受入れの年であったが、以来、しばしば現地を訪れ、地域が変貌を遂げて行く様を見守ってきた。繁く通っていた同じ熊本県の小国町で、昭和30年代に続いた下筌ダムをめぐる蜂の巣城の激しいダム反対闘争の経緯についても聞いていた。
今や、どの自治体も財政は窮乏している。必要性の低い公共事業に巨額の投資を許す余地はない。国中心の事業だから、いずれ国が何とかしてくれるだろうでは通らない。限られた財政事情の中で知事の言う「公共投資の幸福量最大」は今や自然な判断と思う。付け替え道路等、これまでの投資はどうするのか、そんな声も聞こえてきそうだが、実は、30年と言う時間の中で、ダムがあろうがなかろうがどの地域においてもその程度の道路整備は進んでいると言うのが現実だ。
注目すべきは、単なるダム悪役論ではなく、地域固有の価値を尊重することから論を進め、流域の風土を地域の共通の財産として重視していると言う点である。注目すべきは川辺川の想像を絶する清流と風景だけに止まらない。例えば季節になると目に浮かぶ球磨川筋の尺鮎やそれをめぐる様々な生活風景、永い間に培われた地域の暮らしに欠くことのできない地域の財産が数限りなく残されていることも忘れられない。
近年,整備された公共施設だけでなく、古への時代から営々と築かれてきたヒトと自然の関わり、言わば風土だが、永い目で見ればこれらも全て地域の「共通社会資本」として、公平に評価すべきである。
議員時代、西の川辺川ダムに加え、東の八ツ場ダム(群馬県)を2005衆院選のマニフェストに掲げるべく努力した。その半面、無論、知事もふれているように、永きに渡る公共事業をめぐる経緯の中で振り回され続けた地元住民の方々の辛苦も忘れてはならない。それに報いるための公共事業見直しと後始末のための仕組み(法)を整えることが必要である。政権交代に関わる重大な課題のひとつだ。
県知事もまた天下国家を論ずべき立場にある政治家である、と同時に地域人でなければならない。その意味で、アメリカの農村仕込みのリアリスト、蒲島知事の面目躍如、久しぶりに理念のはっきり伝わる言葉を聞いた。
国もその言葉を謙虚に受け止めるべきである。