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不完全な二人('05仏)諏訪敦彦

キャストもスタッフもフランス人、ロケーションは全編パリ。諏訪敦彦はヨーロッパで評価がとても高いらしいので、こういう企画も成り立ったのだろうか。ハプニングを受け入れる監督らしく、役者には即興を求めた。引きの構図でその演技が続く。たまーにクローズ・アップになる。

夫役のブリュノ・トデスキーニは、部屋の明かりがしばらく消えていたシーン(ホテルに帰ると妻が部屋を変えてしまっていた場面)はアクシデントだったと言っている。


「さて、アクションの声がかかると、私は部屋に帰り、荷物が無いことを確認し、電話をかけ、座り込み、また立ち上がり、と、そこですっかり明かりをつけるのを忘れていたことに気付いたのです。~(中略)~明かりのあるはずの場面なのに、薄暗がりの中で一分もショットが続くのです。出来上がったのを見たら、諏訪敦彦監督はそのテイクを残していました。」


『ラザロ』を見た足で見たのもあって(『ラザロ』については後日書きますが・・)、画面の美しさに驚愕する。ロダン美術館のシーンとか。途中何度かランプシェードの美しさにもドキっとしたが、撮影監督はキャロリーヌ・シャンプティエで、ゴダールの『右側に気をつけろ』はじめかなりの大物と組んできたキャメラマンだった。というか本人が大物だった。キャリアのはじめではあの『勝手に逃げろ/人生』の撮影監督ウィリアム・ルプシャンスキーの助手をやっていたこともある。

監督はキャロリーヌ・シャンプティエのことを「共同演出者」と位置づけている。これは彼女の映画でもあるし、美術監督も任せたという。諏訪監督のこのあたりの任せっぷりはすごい。映画をコントロールする気はない、と言い切る。『二十四時間の情事』をリメイクしたという『H Story』でも組んでいるので、こちらも見る必要はありそうだ。この映画で最大の特徴といえる役者にまかせる即興の演出についても、監督は特になにもしないとのこと。

妻役のヴァレリア・ブルーニ=テデスキはインタビューで、この撮影前に監督からロベルト・ロッセリーニの『イタリア旅行』の話をされたこと、その結末における夫婦について、話したという。そこからあのラストシーンが生まれたのだという。

以下、監督のインタビューより。なるほど。キザだなあ・・・。そりゃフランスで撮るよな。


―二人で生きることの難しさ、これがあなたにとっては尽きせぬ物語の泉なのですか。

「この映画企画の製作意図のメモのなかにエマニュエル・レヴィナスの言葉を引用しました。「愛において、二人であることを人は嘆き続ける。しかし私の意見では、最も重要なのは、二人であるということなのだ。そこに愛のすばらしさがある。決して溶け合って一つにはなれないという点に」。今までずっと、私は他者を描こうとしてきました。映画はまだ、「二人であること」を描くことも、再現することも出来ていないのです。」


ここまでひっぱっといてなんだが、俺はこの映画そんなにいいとは思いませんでしたな。
主人公に感情移入できないからかな。テーマもそんなには興味ない。

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